喜助ととらうさぎ

のんびりシュナの喜助とダメダメねえさんの日常。毎日こんなことして遊んでいます。

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野村義男と野口五郎 


おとといテレビで「マッチ」の特集番組をやっていました。

「なつかしいなー」と思って見ていると、なんとそこにお友だちの「ヨッちゃん」が登場。

ビックリするくらい太ってオジサンになってはいましたが、笑顔はかわっていませんでした。

「トシちゃん」の登場も期待したのですが、残念ながら「トシちゃん」は出ることなく終了。

久しぶりの「たのきんトリオ」揃い踏みとはなりませんでした。

「たのきんトリオ」がはやった頃、周りの友だちが「マッチー」「トシー」と叫ぶ中、

私はひとり「ヨッちゃーん」と叫ぶ女子高生でした。

なかなかレコードデビューできない「ヨッちゃん」でしたが、「THE GOOD-BYE」というバンドで

デビューしたときはとても嬉しかったのを覚えています。

それにライバルがいなかったので、友だちがポスターやブロマイドの「ヨッちゃん」の

部分を分けてくれ、けっこう楽しいファン生活を送ることができました。

そして実はこのような楽しいファン生活は私にとって初めてのことではありませんでした。

これより7~8年くらい前、芸能界では新御三家という三人が絶大な人気を誇っていました。

その三人とは、郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎のことで、ひろみと秀樹が人気一位を争い、

かなり遅れたところに五郎がいました。

当時小学校3年生だった私は、なぜか地味ーな演歌チックな歌を歌う野口五郎に

ハートを打ち抜かれ、その日以来「五郎・五郎」と暮らしていました。

ただその時は「ともちゃん」というライバルがいたので、二人でバチバチ火花を散らしながら、

相手に負けないよう雑誌の切り抜きなどを集めたものです。

ところが小学校4年生のある朝、ともちゃんが私のところに来て言いました。

「私は今日からフィンガー5のファンになるから、集めた五郎を全部あげる。

 これから五郎のことはヨロシクね」

そして同時に渡された袋の中にはお宝五郎がたくさん入っていて、私も

「ともちゃん、五郎のことは任せてね」と力強く約束をしたのです。

その後、小学校卒業まで五郎を応援し続け、無事に約束を果たすことができました。

この話を知っているとらさんは私の男の人の好みが変わっていると言います。

やっぱりそうでしょうかね?

それから小学校3年生のときの日記に「大人になったら山本リンダになりたい」

と書いてありましたが、これは残念ながら叶いませんでした。


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今日の桜です


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今日の喜助・・・せっかくの日曜日なのに固まっています


実はさっき、とんでもないイタズラが発覚して、すごく怒られました。

それなのに今、パソコンにむかっている私の膝の上にずり落ちそうになりながら

乗っかっています。そしてときどき上目遣いで私を見ます。

どうもそれが喜助流のゴマスリのようです。

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